サンクロン誕生秘話

サンクロンが誕生するまで

 クマザサから抽出液を取り出し医薬品に開発したのは、株式会社サンクロン(旧太平生物化学工業株式会社)の初代社長金子()時雨(じう医学博士(1903~94年)です。金子は、明治36年に福岡の医者の家に生まれました。ところが中学一年生のとき、脊髄カリエスにかかり一年間休学を余儀なくされました。味噌汁に肝油(ビタミンD)数滴と日光浴という原始的な方法で一応治癒しました。

 しかし、病弱な体質が治ったわけではありませんでした。親戚縁者はほとんど医者という環境でしたが、彼は医学部に進まず、九州大学農学部農芸化学科へ進学しました。医の根源は農であると考え、植物の研究をして、体質の弱い者が自らどのように行動すれば健康になれるか研究しました。様々な植物を研究対象にして、健康生活に寄与する植物を探すことに明け暮れました。金子は、農家で飼われている牛馬が夏期3、4ヶ月の放牧の後、見違えるように元気になる点に関心を持ちました。その理由を調べると、放牧された牛や馬が笹の葉を好んで食べている姿がありました。

 人間の生活で緑色野菜が必要なことは既成の事実であります。しかし、私達は十分な緑色野菜を摂取しているかと問うと、はなはだ自信がなくなってきます。牛や馬が丈夫になるようなイネ科植物で容易に摂取可能な植物があれば、人の病気も自然に治ってしまうのではないかと考えました。

 そして、たどり着いたのがクマザサでした。

サンクロンの誕生

 さまざまな試行錯誤の結果、クマザサの細胞原形質液(原形質基質)がその成分であることを知り、この物質を取り出すことに心血を注ぎ、ついに成功しました。

 図のように植物は細胞壁(セルロース)に包まれており、人が植物内容成分を摂取することは容易ではありません。

 クマザサの葉も硬い細胞壁で包まれているため、内容物を抽出する技術の開発に手間取り、成功を収めたのは昭和24年(1949年)でした。画期的なこの方法は、クマザサから樹脂、リグニン等を除去したのち、アルカリ性で細胞壁を破壊し、さらに細胞内容物を加水分解する工程を経るものでした。後日、この製法を特許申請し、受理されています。

 このクマザサ原形質液(原形質基質)は服用を続けると病気の回復が早く、緑色野菜の摂取の少ない人にも効果があることが分かりました。このような経緯を経て「サンクロン」の名称で、医薬品として厚生労働 省の承認を得ました。

サンクロンの名前の由来

 サンクロンは、太陽の光を十分受けて生育した緑濃くクロロフィルの多いクマザサを原料としていますので「太陽のクロロフィル」という意味をこめて「サンクロン」と命名しました。

以上が、サンクロン誕生までの簡単な経緯です。

(この項は、山崎光夫著『日本の名薬』(東洋経済新報社)を参考にしました。現在、『日本の名薬』文春文庫/2004年2月/があります。)

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